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メモリーズ ~第四章 再会~


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第四章 再会

 

俺は今、会社にいる。

次に電話を掛ける家庭を探している所だ。

昨日あんな事があったが、今日も何一つ変わりなく、ノルマをこなす為の作業を淡々とこなしているのだ。

気持ちの切り変えは案外簡単だったが、疲労感で眠いのが正直な感想である。

そのせいか十一時現在、まだ一件もアポを取れていないのだ。

この状況に俺の気持ちは焦るばかりである。

 

今朝、目が覚めたのは七時半だった。

俺の体は一瞬、固まった。

本当に焦った。

この時間に起きてしまっては普通に準備していたら、遅刻は免れない。

少して冷静さを取り戻した俺は急いで、トイレで用を済ますと、洗面台で顔を洗った。

スーツ姿だった俺はクローゼットの中に綺麗に畳んであった予備のシャツに着替え、歯を磨き、朝食も摂らずに駅へ走った。

何とか遅刻はしなかったが今日は昨日の疲れが取れず、あまり電話を掛ける気にはなれないでいる。

一日以上風呂にも入っていなくて体が気持ち悪い。

 

俺は手に持っていたリスト表を机の上に置き、引き出しにストックしてある刺激が強いフリスクを一粒、手に取りそれを口の中に入れた。

それから暫く経ったが、効果はあまり現れなかった。

俺は次の作戦として頭を拳で叩いたり、頬を掌で叩いたりして、一時的な回復を願った。

そんな事をしていたら目立ってしまったのか、嫌な奴が近寄って来てしまった。

 

「茂木君、今日は疲れているように見えるけど何かあったのかい?」

 

恐らく、さっきから俺の行動を観察し、アポ取りが上手く行っていない事を悟り、話し掛けて来たのだろう。

本当に嫌な奴だ。

しかし、一応こんな奴でも事情を説明しておかないと後々、誰かに昨日の事を喋り、こいつの耳に入った時「何でさっき僕に言わなかったの?」と訊かれそうで面倒になりそうだ。

 

「ええ、昨日、帰宅途中に色々ありまして」

「ええ、何があったんだい?」

「驚かないで下さいね」

「うん、驚かないよ。でもそんなに凄い事なの?」

「ええ、実は昨日、帰り道を歩いていましたら、近くから男の呻き声が聞こえて来たんです。気味悪くその声がする方へ近づいてみると、森下公園で毒を摂ってしまって倒れていた男を発見したのです」

「えっえ、ほっ、本当に?」

 

驚いてしまったではないか。

 

「ええ、本当です。しかし、間もなくその男は死亡してしまったのですが、病院への付き添いやその後の警察の事情聴取やらで時間が掛ってしまい、アパートへ帰宅したのが今日でした。疲れて見えていたのはそのせいですかね。はははははは」

「それは君も奇禍だったね」

 

君も?

確かに、お前もその時間帯大変だっただろう。

しかし、嫌みか。

「もっと、残業しておけば、そんな事には巻き込まれなかったのに。早く帰った罰が当たったんだ」とでも言いたいのか。

 

「ええ、そうなんです」

「そうか、それは本当に大変だったね。・・・・・でも、だからと言ってそれを言い訳にして仕事に影響させるのは社会人として頂けないな。君、今日まだ一件もアポを取っていないだろう」

 

確かにそうだが、何、都合の良い時だけ先輩面しているんだ。大した結果も出せないでいるのに。

今日からお前は都合の良い男、略して、TYOだ。

 

「はい、仰る通りですね。これから挽回します」

「そうだね。じゃあ、頑張って」

 

お前もな。

TYO。

 

「はい、有り難う御座います」

 

それを聞くと、TYOは去って行った。

・・・・・よし、あの事件の事は一旦忘れよう。

体も疲れてなんかいない。

仕事だ。

 

俺は気を取り直して、そう意気込んだ。

しかし、その後のアポ数がゼロから増える事はなかった。

 

「お前、昨日死体を発見したんだって」

 

昼休みの喫煙室。

間野がそう訊いて来る。

TYOが告げ口をしたのだと思うのだが正確には伝わっていなかった。

俺が発見したのは死体ではなく、倒れている古丸海斗でそれが死体になったのは病院でだ。

しかし、そんな細かい事より、噂が広まるのはやはり早いと思った。

有名人のような気分になって悪くない。

もう社内全体で噂になっているだろう。

しかし、それでもいつもと同じく、今日も闘いに参加しなくてはならない事には変わりないが。

 

「ああ、そうだよ。本当にビックリしたよ」

「凄いな、どういう状況だったのか詳しく訊かせてくれよ」

 

ゆっくり話す時間はまだある。

俺は昨日の事を大まかに思い出した。

 

「まぁ、俺が会社から駅に向かっている時、偶々、近くから呻き声が聞こえて、その方へ行ってみると男が倒れていたんだよ。そんで救急車と警察を呼んだんだが、運ばれた先の病院でその男が死亡しただけの事だよ」

「だけの事って、随分、他人行儀だな」

「いや、そんな事はないよ」

 

もう、内心どうでも良かった。

俺には関係ない事だ。

薄情者だと思われても良い。

所詮は他人の死だ。

可哀そうだと思うが、哀傷までとはいかない。

これ以上関わって、無駄な労力を使いたくないのが本心だ。

仕事の方が重要だ。

業務はいつもと変わらないのだから。

今日、実際にその事で仕事に影響が出て、心の中でそう切り変えた。

 

「それは殺人なのか?」

「警察が言うにはまだ、物証や証言やらが足りず、確証は出来ないがその可能性は高いらしい」

「殺人か。それに巻き込まれるなんて、お前凄いな」

 

本当にその通りだよ。

俺がまさかこんな事件に巻き込まれるなんて。

しかし、今はそれよりもあの事だ。

 

「それより、お前、今日午後から俺と外回りの日だよ」

「分かっているよ」

 

今日は同僚の間野と大口の企業への商談がある日だ。

オフィスにいるよりは外の空気が吸えてマシかもしれない。

外回りの営業をする者は通常の一般家庭のノルマのアポ五件が免除されないが、企業契約一件を取ったらその日のアポ数は十件加算される事になっている。

しかも、もし契約が取れなくても、営業に行きさえすれば、その日のアポのノルマ三件が勝手に消化される事になっている。

その間の一般家庭への電話勧誘が出来ないからだ。

その時間を平均したら、取れるアポ数が三だったから、この数がボーナスに決まっているらしい。

つまり、今日は最悪、借金二までに抑えられる。

今日はまだ、一般家庭からアポを一件も取っていない俺には有難い制度だ。

俺の会社の営業部では毎週、一人最低一回は必ず、二人ペアで企業への営業に行く事になっている。

今日の俺の相棒は間野だ。

これが一番嬉しい。

先輩でも後輩でもないこいつとは気兼ねなく話せるからだ。

この営業が毎週成功したら、本当に大きな貯金だ。

一気にノルマが達成出来るのだ。

俺は呼吸を整えた。

 

昼休みも終わり、俺達は出掛ける準備をしていた。

 

「今日の取引相手どこだっけ?」

 

ディスクを整理していた俺に間野が近寄って訊いた。

 

「小松商事。それくらい覚えとけよ」

「ああ、そうだったな。悪かった」

 

別に間野を悪く言っているつもりはないが、これから商談する相手も覚えていない程度の社員が立派に戦力として働いている会社なのである。

 

「準備出来た?」

「ああ」

「じゃ、行くぞ」

「ああ」

 

必要な持ち物の最終チェックを終えた俺達は駅に向かった。

 

さっきは心の中で昨日の事はもう俺にはどうでも良いから忘れよう思ったがそれは嘘だ。

勿論、今でも昨日の事は気になっている。

軽いトラウマもある。

しかしそんな事、言っていられない。

今日も働かなければならない。

これが俺の仕事なのだから。

今日の営業は大事な大口の取引先だ。

契約延長の交渉である。

この成功云々で俺達に対する会社の評価も変わって来る。 

昨日の事は取り敢えず、頭の片隅に置いといて俺は戦闘モードに切り替えた。

 

暫くし、俺達は森下駅に着いた。

窓口で切符を領収書付きで買い、改札を通り、電車が来るのを待った。

時間を無駄には使いたくない俺は今日の取引相手の会社の情報を最終チェックし、成功イメージをした。

 

「今日は気合入れて行かないとな。今月、俺不調だからあんまり、契約数が伸びないんだ。だから、今日で一気に借金を減らしたいんだ」

 

間野が俺にそう言って来た。

どの社員も悩みは同じである。

 

「そうだな。成功したら、今日だけで、貯金五だもんな」

「ああ、減給なんて絶対に嫌だ」

「よし、今日もあれをやろう」

「よし、来た」

 

俺達は同時にお互いの左肩を叩いた。

これは俺達コンビの重要な営業の時に気合を入れる儀式だった。

こいつと二人での初めての外回りの営業の時、商談前に気合を入れる為これをこいつとやろうという事になり、実際これをやったら、その日の契約が取れた。

それ以来これをやった日の契約の成功率は良かった。

だから、こいつとの営業の時、これをやるのが儀式になった。

勿論、ずっとやるのは恥ずかしいから、数秒程度で終わらせるのだが。

 

すぐに電車が来て、俺達は乗車した。

昼間にもかかわらず車内は混んでいた。

俺は周りを見渡した。

老人共が座席を陣取り、吊革を男子高校生の集団が喋りまくる。

学校の授業が終わるのが随分、早くないか?

テストか?

まぁ、あまり周りに大きな迷惑を掛けないのだったら、どうでも良い。

俺は高校生の時、そんなに偉そうに注意出来る程の模範生ではなかったからだ。

 

しかし、次に俺が観察した人物はどうでも良い人物ではなかった。

電車が急に揺れた。

振動が足の裏を伝わり俺の体全体を揺らした。

俺はすぐさま手すりを勢い良く掴み、体勢を立て直した。

その影響で目線が変わった。

ふと、五メートル程先を見た。

そこにはロングヘアーの女が吊革を掴んで立っていた。

俺の目は一瞬でその女に奪われた。

・・・・・綺麗な女だ。

見惚れてしまった。

心拍数が急上昇した。

・・・・・うん?

でもしかし、あの女、どこかで見た事がないか?

・・・・・誰だったけ?

 

直ぐにその人物の正体を思い出した。

鳥肌が立った。

体に稲妻が走った。

 

・・・・・もっ、もしかして、おっ、織村加奈か!

・・・・・間違いない。

右目の下にある泣きホクロで気づいた。

こんな偶然あるのか。

彼女は中学校の同級生だった女だ。

面影があるから間違いないと思うがまだ、確信は出来ない。

 

俺は更にその女を凝視した。

・・・・・間違いなさそうだ。

成長しても顔の面影は変わっていない。

・・・・・俺は彼女の事が好きだった。

 

突然の最愛だった天使の登場に呆気に取られてしまった。

手の汗が手すりに付着し、額から出発した汗が眉に向かって流れる。

俺はハンカチで汗を拭き、一先ず、視線を彼女の方から窓の方へ変えた。

 

三年間で彼女にその想いを伝えていない。

当時の俺にはそんな事出来なかった。

成人式にも行かなかった俺にとって本当に久しぶりの再会だ。

いや、この場合、再会と言えるのか?

九年前と今の俺の好みのタイプは変わっていなかった。

彼女自身もあまり変わってはいない。

いや、更に美しくなっていた。

 

俺は再び視線を彼女の方へ向けた。

彼女は今、アタッシュケースを肩に抱えながら、白のブラウスにグレーのタイトスーツを着ている。

という事は会社勤めか。

 

・・・・・声を掛けようか。

しかし、だとしたら何て声を掛ける?

まず、「よう、久しぶり」はない。

中学時代一度も話した事がないからだ。

だったら、「あのー、もしかして織村加奈さんですか?」か?

そしてその後「ええ、そうですか。・・・・・どちら様でしょうか?」と彼女から返事が返ってきたら、「えーと、中学時代の同級生だった茂木幸輔です」と俺は返すだろう。

しかし、「すみません、覚えていません」と返答してきたら、最悪の空気になる筈だ。

俺もショックで言葉が返せなくなるだろう。

間野にもそれを悟られてしまう。

それだけは避けたい。

大体、声を掛けに行った時点で間野にばれるではないか。

それも嫌だ。

だったら、このまま見なかった事にするか?

しかし、偶然とは言っても、折角のこんなチャンスを逃しても良いものなのか?

それではあの時と同じになってしまう。

どうする、俺?

 

答えを出せないで彼女を一瞥しているばかりだ。

心臓の鼓動が速くなっている。

耳の温度が上昇しているのが脳に伝わっている。

恐らく、真っ赤になっている筈だ。

 

行動に移せないまま八分経った。

彼女は相変わらず、目線を一直線にして、吊革に掴まっているだけである。

彼女は今、何を考えているのだろう?

仕事の事なのか?

それともプライベートの事なのか?

俺の事ではない事は確かだ。

 

それから少し経って、俺達が電車に乗ってから、三つ目の駅に停まった。

彼女が吊革から右手を離し、ドアの前まで移動した。

もしかして、ここで降りるのか?

こんなチャンスもう二度とないかもしれない。

このままで良い筈ない。

動け、俺の足!

 

しかし、脳の命令は足には伝わらなかった。

そして、彼女は案の定、到着した岩本町駅で降りて行った。

呆然と立ち尽くすばかりであった。

 

激しく、後悔はしている。

折角の突然、奇跡が舞い降りたのに。

俺はあの時と変わっていなかった。

つくづく駄目な男だ。

勤め先はさっきの岩本町駅の近くなのか?

それとも住んでいるのがこの近くなのか?

どちらにしてもこの駅を普段から利用しているのは間違いなさそうだ。

 

俺はそれから時間を忘れ、無意識にそう考えてしまったらしい。

 

「おい、おい、行くぞ」

誰だ。

今俺に声を掛けたのは?

・・・・・ああ、間野か。

どうやら、俺達も目的の駅に着いたのか。

 

「あっ、ああ、すまない」

 

我に返った俺は謝り、降車した。

しかし、俺の心は晴れないままだった。

 

「どうかしたのか?」

「いや、何でもない」

 

何でもない訳ないが、ここは嘘をつこう。

 

「しっかり頼むぜ」

「ああ、分かった」

 

間野には申し訳ないが今、俺にそんな自信はない。

彼女は今、どこにいるのだろうか?

何をしているのだろうか?

声を掛けなかった事を今、本当に後悔している。

出来る事なら三十分前に戻りたい。

 

そんな叶わない事を思いつつ、俺達は小松商事に向かった。

そして、その日の商談はさっきの事で頭が一杯になり、凝滞する事は事前に判っていたが、間野がその場を上手く取り纏めてくれた。

俺は貯金五を作ってくれた間野に商談終了後、感謝と謝罪をし、自販機で煙草を奢った。

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